クビにできても
俺から歌は取れんだろう
−ジギーがブレイクした80年代後半から90年代の頭というのはバンドブームだったわけですが、その中で自分達を見失ったりすることはなかったですか。
森重:見失ってたかもしれない(笑)。ブームの中にいると分からなくなるんですよね。でも、どうなんだろう? それでいきなりすげぇ部屋に住めたかというと全然そんなことなかったし、俺達の後ぐらいの方がすごいんじゃないですか。「デビュー前から給料30万円ももらってるらしいよ」とか噂されていたバンドもいましたからね。それに俺達はブームでも前半だったから、ちゃんと音楽として捉えてくれている人がいたんですよ。だから、今でもバンドを続けてられるんだと思いますね。これがピークの頃にデビューしてブームの象徴みたいになっていたら、今はもう引退しているかもしれない。だって、俺達の後にデビューした連中っていっぱい辞めてるもん。
SION:いないよね。毎年ね、300バンドとか、400バンドもデビューしてたんだよ。でも、誰が今いるんだっていったら、ほとんどいない。いてもプロデューサーになってたりして、違うことしている。ステージに立って、ずっと歌っているってのは…
森重:いないですよね。
SION:俺達は大したもんだぜ(笑)。
森重:それ、すっごく思うんですよ。SIONさんとはバンドブームのピークの時に知り合ったんですけど、俺はSIONさんが一人でやっているところに憧れがあったんですね。バンドではなくて“SION”って名前でやってる。つまり、全部が本人なわけじゃないですか。その時の俺はバンドがいいと思ってバンドをやってきたのに自分のエゴが強くなっていて、バンドでやってることの嫌な部分ばかり気になって、一人でやることの大変さを知らないくせに「いつか俺もソロの作品を出してみたいな」と思ってたんです。だから、ソロでやっている人を改めて意識するようにもなったし…そういう意味では、バンドブームだったからこそSIONさんは良かったんじゃないかなって。“SION”っていう存在だから、今でいう“青春パンク”とか“ビジュアル系”とかのカテゴリーの中にも入れられない。
SION:そういうのはあるね。でも一時、憧れたよ。蘭丸とかに「(ザ・ストリート・)スライダーズの蘭丸です」って言われた時に、俺も何か冠が欲しいなって。「中野区のSIONです」ではちょっとダサイ(笑)。確かに森重が言ったように、シーンの中でポツンとしてたし…一人で小石を蹴ってる感じはあった(笑)。
森重:いやいや(笑)。ビッグネームのバンド達がなくなっていったけど、俺達は今もやっているというのは、ほんとはブームの中で自分達を見失っていなかったのかも。自分が一番好きなこと…歌が好きで、音楽が好きなんだってことを再確認しましたからね。「キャーキャー言われているのは一時的なものだ。何も言われなくなった時に、どうやって歌を続けていけばいいんだろう?」と思って、妙に貯金とかしてましたもん(笑)。1年か2年ぐらい食えない時期が来ると思って。だから、見失ってなかったと思う。
SION:見失ってないんだって。歌い始めた頃は調子に乗って俺様になったりするんだけど、それが20年も続けていたりするとさ、感謝の気持ちも絶対にあるじゃん。あの人がいてくれたから続けることができたとか。だけど、自分から音楽を離さなかった…心が折れないで歌い続けてきたというのは、半分は自分が頑張ったからなんだよ。それは褒めてやらないと。だから、半分はほんとに感謝だけど、半分は見失わなかった自分がいたからなんだよね。細いんだけど、絶対に折れないすごいものが真ん中にあるんだよ。それがなきゃ、今頃は歌ってないって。
森重:そうですよね。いろいろな時期でSIONさんを支えていた人がいたと思うんですけど、やっぱりそこにSIONさんの強い意思があったから、今も歌い続けているんだろうし。俺にもそういう意思があると思うし…当時の自惚れだったり、確信だったり、不安だったり、いろんなことが今の自分を作ってくれて、そんな俺を支えてくれた人がいた。そういう意味では、どんどん素直になってきている。同い年ぐらいの連中と「何年かに一度、篩(ふるい)に掛けられる時期がくるんだよな」っていう話をよくするんですけど、その時期をなんとしてでもクリアーしていかないとダメだと思うんですよ。今回、SIONさんとこうやって歌というものについて話す機会が多くて、1本では折れてしまうものでも、それが2本になれば、3本になれば、続けていけることもあるってのをすごく思うんですよね。俺は歌というものの力を信じているし、SIONさんも絶対に信じていると思うから、それが1つになった時に、さらに芯の部分が太くなるというか…混じり合うのとはちょっと違うんだけど、強め合うことはできるんじゃないかなって。
−これまでにジギーは何度も解散の危機があったじゃないですか。その危機を乗り越えてきたというのは、それだけバンドが好きで、音楽が好きだからですよね。
森重:今も危機なんですけどね(笑)。俺はバンドをやっている人達の子供っぽいところがすごく好きだし、それは自分にもあると思うんですね。初めてロンドンに行った時に、入れ墨を入れたんですよ。“ZIGGY”と…恥ずかしいんですけど“Rock'n
Roll”って。それっていうのは、自分はジギーというバンドがなくなってしまってもジギーを一生背負っていこうという気持ちの表れだし、ロックンロールというのが何かを俺は分かっていないかもしれないし、一生分からないかもしれないけど、少なくとも分からないなりにもロックンロールとは対峙し続けようっていう、ほんとに非常に子供っぽい思考だった。
SION:自分の中に何かを刻みたかったんだよ。「後には戻らないぞ」という意思表示みたいなね。
森重:さっき、「今も危機なんですけどね」って言ったけど、ほんとにバンドの危機だったらそんなことは言わないですよね。時間しか解決できないことがあるし、無理にバンドを動かそうと躍起になってもうまくいかないと思ってるんですよ。だから、ジギーで動けない分、俺はソロでも頑張るし、ザ・プロディガル・サンズでも頑張るし、今回のようなコラボレーションみたいなこともやって、そこに可能性が見えるんであれば積極的にトライしていく。それはバンドをやるってことではないにしても、音楽をやること、歌をやるということを、いろいろな形で続けているわけですからね。
−SIONさんの場合はソロなので、解散とかはないわけですが…
SION:時々、解散するんだけどね(笑)。「もう解散だ!」って。でも、すぐに再結成する。やっぱり俺が好きなんだな(笑)。
−そんなSIONさんでも歌うのを辞めようと思ったことはあるのですか。
SION:やっぱりレーベルから契約を切られたりするじゃない。歌の価値とかがどんどん変わっているからね。さすがに、そん時は辛いですよ。「俺の歌は世の中にはいらんのか」って。寂しいし、辛いし、悲しい。だけど、クビにできても、俺から歌は取れんだろうって。そらぁ、いい年こいて1〜2カ月は凹むけど、だけどゆっくり立ち上がっていく。
−その気持ちがそのまま歌になってますもんね。
SION:うん。「俺に力をくれるために、こういう状況にしてくれたんだ」って思う。だからって何度もクビになるのは辛いんだけどな(笑)。
二人合わせて100歳ぐらいになった頃には
もうキャーキャーになってる(笑)
−次に今回のコラボレーションについて伺いたいのですが、きっかけは何だったのですか。
SION:俺、松田 文さんと二人でアコースティックでツアーをやってるんですよ。去年の暮れのライブで「誰かゲストいないかな?」ってなって何人かの名前が出てきたんだけど、うちのかみさんが「森重さんでしょう」「そうだよな」って(笑)。それでリハーサルを1日だけやったんだけど、一緒に歌ってて気持ち良くてね。すごいのよ。ほんとにすごいの。もちろんライブも気持ち良くて、その打ち上げで酔っぱらって「来年、何か一緒にやろうぜ。頼むよ」って(笑)。
森重:それが発端でしたね。俺にとってSIONさんは憧れの人だから、「いつか一緒に歌いたい」というのが夢だったり、希望でしたからね。それが実現して、SIONさんが喜んでくれたのがすごくうれしかったし、何よりもお客さんがすっごく喜んでくれたのが一番うれしかったですね。
−今回のマキシシングル「場所」には3曲収録されているのですが、曲は二人で歌うことを意識して作られたのですか。
森重:去年の暮れのライブの時にSIONさんが「曲はもうあるんだよ」って。で、そのデモテープをもらって「SIONさんのデモテープってこうなんだ!」って驚いて…
SION:ものすごい打ち込みだからね(笑)。
森重:かなりデジタルなんですよ(笑)。
SION:ジャラ〜ンって(笑)。
森重:もうね、デモテープの段階で歌詞もしっかりあるんですよ。俺が作るデモテープなんてハナモゲラ語だったりするんだけど、歌としての原型があったんです。
−では、先にあった曲を聴いて、そのイメージで森重さんは「ルナティックムーンライト」を作られたのですか。
森重:そういうところもありますね。俺とSIONさんは違うキャラクターだと思うし、当然SIONさんのような歌詞や曲は書けないから、自分らしくていんじゃないかなと思ったんですよ。自分らしさがまるっきりなかったら、一緒にやる意味がないですからね。で、最初にイメージしたのはローリング・ストーンズの『STEEL
WHEELS』の最後に入ってる「SLIPPING AWAY」っていうキース・リチャーズが歌うバラードなんです。この曲のm7で歌い出す感じがカッコ良くて好きだから、SIONさんと一緒にm7で歌い出す曲をやりたいという思いで作りました。
−SIONさんは曲を用意してあったとのことだったのですが、それらは森重さんと一緒にやることを意識して作っていたのですか。
SION:「場所」は自分のアルバムに入れられなかった曲なんだけど、森重と一緒に歌えるんじゃないかと思ったのと、もう1曲の「ただそれだけで」は誰かと歌うことを想定して作っていたから、これはばっちりだと。そんな感じですね。
−そんな「場所」なのですが、“好きなことで疲れ 好きなことで泣いたらどうだい”と言いつつも“誰もが皆行きたいとこにゃ行けないんだ”とも言っていて、だからこそ動けというメッセージが印象的でした。
SION:俺が書く歌というのは自分に向けて歌ってるから、“好きなことで泣いたらどうだい”の部分を取るか、“いつか死ぬんだぜ”という部分を取るか、“人には皆事情ってもんがあるんだ”という部分を取るかは、それは聴く人の状況と体調次第だと思う。
森重:SIONさんの歌って、まるで自分のことが言われているようであり、SIONさんが自分に向かって言っているようであり、多くの人に向かって言ってるようでもあって、いろんな捉え方ができるというか、誰が聴いても自分と置き換えることができるんですよね。だから、自分に対してシビアにならざるを得ないようなところある。
SION:100万人に喜んでもらえる歌の書き方を俺は知らないから、いつも個人的なことを書いているんだけど、どっかで「すごく個人的なことはみんなのものでもある」と思ってるんだよね。すごく個人的なことというのは、一人ひとりに通じるんじゃないかなって。
−「ルナティックムーンライト」の歌詞は、そんなSIONさんの歌詞に影響されたところもあるのですか。「場所」と向いている方向が一緒かなと思ったのですが。
森重:そうですね。“どこへでも行けるはず”というのは、どこにも行けないかもしれないけど、“行ける”と思うことが大事というか。そういうところは、やっぱりSIONさんの言葉に励まされていると思います。間違いなく“いつか死ぬんだぜ”という言葉は刺さりましたからね。去年、いつも一緒にSIONさんのライブを観に行っていた友達が亡くなって、それをすぐにSIONさんにメールで伝えたんですけど、きっとそれが今回に…
SION:つながってるんだよね。
森重:そう思います。いつも側にいて、落ち込んでいる俺を持ち上げてくれたり、肩を叩いてくれていたヤツがいなくなっちゃったから、すごく死というものが怖いんですよ。いずれ自分にも訪れるものだし、好きな人にも訪れるものだからこそ、今日やれていることに感謝したいし、歌を続けていくことに関しても真剣にやっていかないとなって思う。
−今回のコラボレート作品を作ってみて、お互いに対して何か実感したことはありますか。
森重:やっぱり自分の中でのSIONさんの存在が大きくなりますよね。
SION:俺はうれしかった。ものすごく辛いことも力になるけど、うれしいことというのも、これまたいい力になるもんで、「森重、ありがとう! 森重のスタッフや周りの人、ありがとう!」という感じですね。いっぱい力をもらったレコーディングだったし、撮影だったし…ご機嫌ですよ。
−音楽の面白さや素晴らしさを再確認した?
SION:それは多分、森重も一緒だと思うけど、歌ってのはずっと大事なものだし、自分にとって絶対的なもんだから、その途中で森重と一緒にやれたのはうれしいことであり…とにかく楽しかった。「まだまだ行くぜ」って思えますよ。
森重:SIONさんが年末の時に「俺は50歳でピークを迎える!」って言ってたんですけど、「その頃、俺は47歳だ。それもいいな」って。二人合わせて100歳ぐらいになった頃には、もうキャーキャーになってる(笑)。
SION:大変だな(笑)。
−歌い始めた動機だった「キャーキャー言われたい」というのが、50歳を超えた頃に実現されるわけですね(笑)。
森重:ちょっと時間が掛かりすぎましたけどね(笑)。
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